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坂本 彩さんSAKAMOTO, Aya

留学期間:2009年2月~2010年1月
留学先: シドニー工科大学

私は、大学2年次が終わってすぐに1年間の交換留学に行きました。留学先は、オーストラリアにあるシドニー工科大学でした。このシドニーで過ごした1年間は、私にとってかけがえのないものです。その留学で得たこと、経験したことを皆さんにお伝えできればと思い体験談を書かせていただきました。

まず、なぜ私が留学を決意したかというと、自分の世界を広げてみようとか、いましか経験できないことをしてみたいという思いからでした。私は昔から海外には関心があり、海外で生活するってどんな感じだろうと興味を持ちました。そして、シドニー工科大学を見つけ留学を決意しました。

シドニー工科大学は、名前の通りシドニーという大都市の中心地にある大学で、オーストラリア人だけでなく色々な民族の混ざり合う刺激的な大学でした。ここでの留学経験を、大学生活、ホストファミリー、寮生活、休日、買い物、食べ物の6つの項目に分けて紹介していきます。

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大学生活

私は、留学生用のオーストラリアの文化や習慣や英語について学ぶ授業に参加しました。授業は前期、後期ともに月曜から木曜まで、朝の9時半から始まりお昼休みをはさんで午後3時までありました。毎日同じ教室で同じクラスメイトと授業を受けるので、生活の基軸も友人関係の基軸も、この授業でした。クラスメイトは日本人が9名とイタリアやスペインからの留学生が12名ほどいました。クラスメイトの構成は、学期ごとに変動し後期はより日本人の割合が高かったと思います。先生は大半がオーストラリア人で、もちろん授業は英語で行います。アボリジニの文化や、オーストラリアのスラング、英語でのエッセイの書き方等を教えていただきました。成績は、大抵プレゼンテーションかエッセイでつけられるため、特に学期末はそれらの課題の準備で忙しかったことを覚えています。

留学してすぐの頃、イタリア人やメキシコ人とグループを組んで移民についてのプレゼンテーションをすることになりました。その時は、約束の時間になっても待ち合わせ場所に来なかったりと、課題の難しさだけでなく異文化の友人とのコミュニケーションの難しさにも悩まされました。しかし、一緒に授業を受けているうちにミスコミュニケーションも解消され、スムーズに課題に取り組めるようになりました。

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ホストファミリー

私は到着して5ヶ月間はホストファミリーと一緒に生活していました。私のホストファミリーはホストファザーとマザー、3人のホストシスターたちで、シドニーから電車で30分程度の郊外に住んでいました。お家は一軒家で、私は家具付きの1人部屋を与えてもらいました。朝晩を毎日一緒に食べ、学校から帰った後はすぐに子供たちと遊び、ホストシスターや私の誕生日会を開いたりと、本当に素敵な経験をさせてもらえました。ご飯も、ホストファザーかマザーが作ってくれてバリエーションは少なかったですが、おいしかったです。ホームシックにならずに済んだのは、このホストファミリーのおかげだったと思います。

そして自由で気楽なオーストラリア人のライフスタイルを身近に感じられたのは、私自身のライフスタイルへの考え方にも影響があったと思います。なによりホストシスターたちはまだ7歳未満の子供たちで、とても可愛らしく、寮に引っ越した後も連絡をしてたまに遊びに伺っていました。

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寮生活

私は、後期からは大学の寮に引っ越しました。大学寮は、男女混合でバストイレやキッチン、リビングを4~8人で共同し、寝室のみ個人でつかえるというスタイルでした。私の部屋は、私を含めた留学生5人とオーストラリア人ひとりの6人部屋でした。留学生の母国はフランス・スペイン・インド・日本とそれぞれ異なっていて、多くの文化を感じられ面白かったです。そしてルームメイトにとって初めての日本人の友人が私だったので、彼らにとって私は日本代表なんだと思うと、料理の練習すればよかった等とすこし後悔しました。ほかにも寮には、屋上や寮生が使えるキッチン等があり、同じ部屋以外の学生とも母国の料理を作りあうパーティやハロウィンパーティなどをした思い出がたくさんあります。

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休日

わたしは毎週、金曜から日曜までお休みでした。課題や英語の勉強とともに、友達ともいろんな場所に遊びに行きました。ビーチやBBQは1年を通してよく行きました。年に4回ほど長期休みがあったのですが、その時はメルボルンに旅行したりサイクリングに出かけたりしていました。休みの間は、オーストラリアの雄大な自然をみるチャンスが多くありました。野生のカンガルーやクジラ、世界遺産の奇岩スリーシスターズをみた思い出があります。友達とのコミュニケーションは英語を使ういいチャンスでしたし、モチベーションの維持に役立ったと思います。

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買い物

寮に引っ越してからは、自炊になるのでよく地元のスーパーに行っていました。スーパーでの買い物も、最初は初めてのことばかりでドキドキしていたのを覚えています。シドニーでは、アジアンマーケットがあり選択網や化粧品など日本のものも大抵はそろっていました。食べ物では、白米はもちろん納豆もあり、アジアンマーケットでそろえた材料でキムチ鍋やカレーを作ったこともあります。あと、土日にはいろんな場所でフリーマーケットがあります。日本とは違って、プロが洋服や小物を作って売っていたりします。ちいさな出店もあったりして、よく友達と買い物に行っていました。マーケットの後にカフェでお茶するのが定番コースで、とってもリラックスできる休日でした。

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食べ物

シドニーは移民の街といわれていて、街には色んな国からやってきた人がいます。その多民族文化が一番表れていたのは、食べ物だったと思います。チャイナタウンに行けば、中華料理はもちろん韓国料理や日本料理が楽しめます。特にお気に入りは韓国料理店でした。レストランにはいると、韓国語が飛び交い店員は全員韓国人。お客さんも韓国人が多く、まるで韓国に来たみたいでした。そしてシドニーの近くにはイタリア人街やベトナム人街などもあり、本場に近い味が楽しめました。そのほかにも、パブでオーストラリアンビールを飲みながら食べるステーキや、イタリア人がやっているジェラート屋さんなどお気に入りのお店がいっぱいありました。日本料理で一番おいしかったのはフィッシュマーケットのお寿司でした。

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さいごに

この留学中は、多くのことを経験させてもらい色んな事を感じることができました。いろんな国の学生とうけた授業や寮での生活からは、オーストラリアだけでなく色んな国の文化を感じることが出来ました。自分の常識が、友達の常識とは違うことを体験し、視野が広がったと思います。そんなカルチャーショックを体験し、シドニー到着後は苦労したこともありましたが、最後にはかけがえのない思い出と友人を手に入れることが出来ました。このように私が無事留学を終え、貴重な経験ができたのは多くの周りの人々からの支えがあったからです。この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。国際交流推進センターの鈴木雅久先生、淺井正義先生、モニカさんやチューターのみなさんを始め、学科や大学の諸先生および職員の方々、そしてシドニー工科大学の皆さまには暖かいご支援やお世話をいただきました。また、家族には精神面だけでなく、資金面でも支援していただき本当に感謝しています。支えてくれた皆様に、改めて深くお例を申し上げます。

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作成日:2010年5月31日 / 更新日:2011年11月29日