2001/5/15 (火) 晴

 ウィンから,飛行機で1時間半ぐらい,午後2時半にギリシャに到着した.ウィンに近いものの,1時間の時差がある.出国手続きがさらに簡略され,荷物を受け取った後,何も手続きもする必要がなく,外に出られた.ところで,ギリシャの上空から,なんとも言えない壮大な風景を目にした.山あり,海あり,密接した白い建物あり,太陽の下で輝いていた.ウィンとは断然感覚が違ってた.
 空港のインフォメーションセンターで都心のシンタグマへの移動手段を尋ねたら,バスを薦められた.E95号線バスに乗って,1時間程度でシンタグマに到着.地図によってバス停からまっすぐ歩けば,グランドブルターニ(GRANDE BRETAGNE)ホテルに行けるそうで,周りの風景を見ながら,歩いていた.途中,防犯警察の軍隊に遭遇し,何があったと思ったら,ストライキだった.後で分かったが,ギリシャにはめったにストライキがないらしい.
 ホテルに着いて,鍵を受け取って,部屋に入ったら,驚いた.生まれてこんな高級なホテルに泊まったことはなかった.なにしろ,ギリシャ旅行ハンドブックのホテル紹介ページの首位に登録されたものだけあってのプライドもあるからだ.荷物を片付けて,すぐアテネの街に出た.シンタグマと言えば,東京の新宿である.とても賑やかな地域だが,そんなに広くはない.およそ半径2Kmの範囲に囲まれている.ハンドブックに書かれたように,人々は信号意識があまり無いようだ.おそらくここに来たことのある日本人はみんな気にするところだろう.18日は1日フリーなので,ツアーを取ろうと思った.本によると,すぐ近くに日本人が経営する旅行代理店があるそうなので,地図から何とか見つけ出した.確かに書かれたようにとても親切な日本人の方が出迎えてくれた.主旨を話して,すぐにエーゲ海の予約を取ってくれて,さらに,おいしいギリシャ料理,インターネットカフェ,郵便局などたくさん紹介してくれた.もちろん,晩ご飯は紹介された店(BYZANTINO)で済ました.ホテルに帰ったのは夜の9時過ぎだった.9時なのに,まだ空は完全に暗くなっていない.全般的に,東京より少し暖かいようだ.時差のこともあって,本当に疲れ切ったので,いつの間に寝たかよく覚えていない.
 アテネに来て,半日しか過ぎないけど,いい感じだった.

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2001/5/16 (水) 晴

 泊まっているホテルは朝食つきなので,朝6時に起きて,シャワーを浴び,ホテルの食堂に行った.日本から出て3日目になるが,あまり日本人の旅行客がいないなと思ったら,やはり違った.食堂にほとんど日本人に占められた.
 今日は,34回生産システム国際セミナーの初日なので,食事して,7時半に出かけた.会議はアテネの郊外(VOULIAGMENI)にあるホテル(ASTIR PALACE APHRODITE)で行っているため,タクシーを頼んだ.朝だからとはいえ,日本の通勤ラッシュのような状況はまったくなく,スムーズに30分ぐらいで着いた.のすぐ隣りにあってとても素敵なホテルだった.受付で自分の名札と資料をもらって,開会式が始まるまで1時間ほど待っていた.思ったほどの人が来てないが,50人程度だった.講演を聴いても,日本での精密発表会とはそれほど違わない.ただ英語しか使えない.午前中,講演を聞き,午後,ホテルの方へ戻り,着替えてから,もちろん観光にすぐ出かけた.
 今日は,アテネの遺跡観光がメインで,予定した通りに,まず,一番近いゼウス神殿(Temple of the Olympain Zeus)に行った.こんな偉大な古代遺跡のすぐ近くにいて,言いようのない気分だった.例えるとしたら,初めて万里の長城に登ったような気分.しかし,すばらしいモノはこれだけではない.そのあと,とても有名なアクロポリス(ACROPOLIS)遺跡を見た.その中に,パルテノン神殿(Parthenon),イロド・アティコス音楽堂(Odeon of Herodes Atticus),アクロポリス博物館(Acropolis Museum)などなど,数多くの遺跡を目にかかることができた.一言でいうとすばらしい.要するに言葉ではとても表現しづらく,写真には全部記録しておいた.
 明日,発表が控えているため,5時前にホテルに戻った.帰る途中,いくつかのお土産屋さんによって,ギリシャ文化を残せるようなお土産を買い捲った.その中,アテナ像がとても気に入っている.晩ご飯はファストフードのマクドナルドで買ってホテルで食べた.量が同じぐらいだが,入れる紙袋は日本の3倍ほど大きい.
 実は,今日セミナー会場からホテルに戻ってきて,一つのアナウンスに動揺した.要するに,明日,アテネ市内でストライキが行われるそうだ.しかもバス,地下鉄,タクシーなどの交通手段が全部停止されるのだ.そうすると発表会場には行けないことになる.ホテルの人もお手上げ,ほかにもいろいろ方法を考えたが,結局,街に出会ったタクシー運転手と駆引きをして,今日の往復値段の3倍を出して,やっと交渉が成功した.明日朝8時に,ホテルの前に待ち合わせる約束をした.

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2001/5/17 (木) 晴

 今朝,起きて,窓から外を見たら,確かにタクシー1台も道を走っていない.約束時間より10分前にロビーに行ったら,昨日のタクシー運転手はもういた.いくら高いからといって,この手段を取らないと,発表会場には行けないから,けっこう感謝の気持ちだった.相手も車好きのようで,いろいろ話していた.1時にまた迎えに来ると約束し,2万Drsをとりあえず支払った.いよいよ12時から発表なので,わくわくしていた.おそらく会場に来た人はみんな発表の関係者なので,2部屋に分れていて,それぞれ15、6人程度だった.始まる前に,大阪大学の杉村先生と挨拶をした.
 今日の講演者はドイツ,ギリシャ,日本からの人が多く,ドイツとギリシャの研究者は(特にドイツ人)みんな普通に英語を喋っていた.ちょっとなまりがあるが,全然不自由が無さそうだ.自分は発表に十分自信があるが,質疑には弱い.普段聞き取りの練習がなく,いざという時,聞き取れない.今回はけっこうみんなから自分の研究を興味を示したようで,5、6個の質問があった.何とかごまかした.しかし,自分の心の中では,”もし今度,こういう国際会議に参加するチャンスが回ってきたら,しっかりした英語で答えてやる”と決心した.よ〜し,英語はこれからの課題だ!
 午後の講演を聞かずに,12時50分頃,迎えの車が来たので,とりあえずホテルの方に戻った.ホテルの周辺はすでにストライキのため,封鎖された.近くで車を降りた.降りたところに,なんと串焼き屋さんがあって,6本買って帰った.ビール+串焼き,うまえ〜.おいしくてまだ満足せず,1時間後にまた買いに行ったら,なんと売り切れで店が閉まっていた.ちょっと悔しい.今日のストライキは確かに大規模のようで,その様子を全部画像に残した.ストライキのせいで,今日ほとんどの店や観光場所が閉まっていた.国立考古博物館へ行く予定だったが,入り口のところで写真を取るぐらいだった.ところで,途中スーパーマーケットを見つけ,鳥の丸焼きとポテト料理を買って晩ご飯にした.交差点で信号待ちをしたところ,やさしそうなギリシャおじさんにしっかりした日本語で声を掛けられ,”こんにちは””はじめまして””よくいらっしゃいました”,日本人に間違えられたけれど,心があたたかい.ところで2日しかいなかったけれど,何回も日本人に間違えられたことがあった.特に街角にいる小売のギリシャ人に.というのは,日本人の観光客はそれだけ多く,それだけの影響力があったからだ.
 今日もずいぶん満足した写真をたくさん撮れてよかった.

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2001/5/18 (金) 晴

 今日は薦められたエーゲ海の一日クルーズコースに参加した.約束の時間7時35分通りに迎送バスが来た.いくつかのホテルに回ってお客を全員迎えて,船まで送ってくれた.とても素敵な大型客船で名前は"HERMES",600人ほど入りそうだ.船に入って,さっそく日本語の案内が始まった.日本人のお客は全員一つの部屋に集められ,案内する方は29年もギリシャに在住した日本人だった.さすが長年ここに居た訳か,日本語が流暢だが,最初聞いたとき,外国人案内員だと思った.当然ながら,私達は喋ることもなく,日本人とされた.今日70名ぐらいの日本人観光客がいた.ほとんど年寄りの方で,カップルらしい人は4ペアぐらい.中年日本人はさすがにこの時期にはいない.
 今日の観光場所は3つあって,順番でいうとエギナ島(AEGINA),ポロス島(POROS),イドラ島(HYDRA).最初のエギナ島は一番広く,船を下りて,バスツアーをお願いした.日本語案内付きのバスで,全然困ることは無かった.外国に出て,初めて日本語が分かっていて良かったと思った.逆に,日本人と間違えられたアジア他国のお客さんもいて,何のサービスもなく,ちょっとかわいそうと思った.また,中国人として少し考えたことは,世界人口の1/5も占めた中国人だけあって,日本,アメリカをはじめ,全世界のどの国へ行っても,中国人の数はほとんど外国人の中の一番多いとされている.しかし,中国語はどこへ行っても通じず,中国人民元はどこへ行っても流通せず,観光客の中に中国人の姿がほとんど現れず,顔立ちで日本人とされるなどなど,いろいろ身のまわりのことから,自分の国の国力の弱さを感じている.
 話を変えて,この3つの島はそれぞれ特徴があって,エギナ島にはアフィア神殿(Temple of Aphaia)が有名で,ほかの神殿と違って,こちらの石柱は石炭岩で作られている.柱の真中は中空構造になっていて,1本の木が骨格になるそうだ.島の奥にあったため,最も遅く発見されたらしい.もう一つの名所はアギオス・ネクタリオス修道院.とても立派な修道院で,300年もの歴史がある.中は撮影禁止なので,概観だけ写真に残した.また,この島には,250もの教会があって,すべて白い建物と青い屋根になっている.白は平和を,青はエーゲ海を象徴するそうだ.
 ポロス島と言えば,林立した1個1個の建物が印象的だ.海もきれいで,緑もある.とても素敵な島だった.記念に大きな貝殻を一つ買った.大きな荷物になってしまったけれど.また,イドラ島にも特徴がある.この島は昔軍事的に利用されていた.たくさんの大砲が残っている.さらに,この島には,車などの交通手段が許されず,とても昔の面影がある島というイメージ.もちろん海がきれい.
 帰りは,船のバーで,乗客のために,ギリシャの舞踊が披露された.とても愉快な音楽と舞踊姿で,ときどき,お客さんも誘われ,参加させてもらった.帰りの2時間半も楽しかった.エーゲ海スルーズの旅,思い出の写真をいっぱい撮っておいた.

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2001/5/19 (土) 晴

 今日はアテネの最終日,12時半の飛行機でイタリアに向かう.今朝8時半にホテルをチェックオウトして,ちょっと早めにアテネ国際空港に着いた.今は空港で日記を書いている(AM10:30).
 アテネのこの4日間,ギリシャという国に良い印象を持つようになった.とても自由で,誠実で,明るくて,美しくて,活気のある国だと思う.2004年のオリンピックに向けて,街のあちこちに建物を建てられたり,新しい道作りを進められている.おそらく3年後には,さらに,すばらしい国となるであろう.今,旅行ハンドブックに書いてあるモノを思い出すと,ギリシャ人古代から,"フィロクセニア"という言葉があって,外国人を手厚くもてなすということだそうだ.4日の間,身をもって感心した.そのあたたかさは日本人のように顔や言葉で表現するモノではなく,心から出るモノであると信じている.
 それでは,さようなら,アテネ.